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京都地方裁判所 昭和34年(わ)428号 判決 1963年11月25日

主文

被告人を判示第一の罪につき懲役四月に、判示第二の罪につき懲役二月に処する。

但し本裁判確定の日から何れも三年間右刑の執行を猶予する。

≪訴訟費用の裁判省略≫

理由

罪となるべき事実

被告人は京都教職員組合専従書記として京都市左京区川端通丸太町上る京都教育会館内所在の右書記局に勤務しているものであるが

第一、昭和三四年六月一一日午前一一時三五分頃右教育会館において京都府警察本部警備部警備第三課勤務西村警部補が暴力行為等処罰に関する法律違反の被疑者である京都教職員組合高校部副執行委員長松本彦也に対し、京都地方裁判所裁判官宮本勝美の発した逮捕状を示し同人を逮捕しようとしたさい居合せた京都教職員組合の組合員等が逮捕状を見せろと口々に叫んでその周囲を取りまき右逮捕状の執行の妨害を受けかねない状況となつたので、右逮捕状の執行につき西村警部補と同じ任務を持つ佐藤警部補の班に属し同様逮捕状の執行の補助並に執行状況の写真撮影方の命令を受け同警部補と同所に同行した同警察本部警備部警備第三課勤務巡査部長加納清が右逮捕状執行手続が適法に履践されたこと並に右逮捕状執行にあり、右組合員等より妨害を受けかねまじき状況の証拠保全のため右状況の写真を撮影しようとしたところ、被告人は同巡査部長に対しその警察職員たることを知りながら何故無断で写真を撮るかと怒鳴つてその右腕を捉えて引張つて暴行を加え更に右暴行を現認しこれを制止しようとした同じく右西村警部補の右任務補助のため同行した同課勤務の巡査部長亀井幸次郎に対し同様警察職員たることを知りながらその胸倉を捉えて或は引張り或は首を締め又足にて股部を蹴る等の暴行を加え以て右両巡査部長の公務の執行を妨害し

第二、昭和三六年一〇月二〇日京都市教育委員会は京都市立小学校長会との共催にて同市中京区麩屋町通六角下る京都市立生祥小学校にて京都市立小学校女教員を対象とし当時文部省視学官であつた波藤タネを講師とし女子教員の在り方を演題とする講習会の開催を企図しており他方京都教職員組合は右講師のかかる講習会にて開陳する意見は他県における前例に徴し組合の分裂に発展する好ましからざるものとして開催反対の意向を右教育委員会に表明し右講習会が催せられるにおいては右組合員のピケによる入校阻止の事態の発生が予期せられる状況にあつたものであるが、右教育委員会事務局総務課企画労務係員である事務吏員鳥居茂は前記情勢に鑑み上司である同事務局総務課長宮谷仁七より右講習会受講者の入校を阻止するものがある場合には之を止むべき旨説得すると共に来校した受講者を校内に誘導すること、併せて右講習会開催に伴うピケ等による反対斗争の実状を把握して右教育委員会への報告資料(尚ピケが違法に亘る場合には教育委員会の教職員に対する懲戒処分の資料とするためにも)として右ピケの実況を写真撮影すべき旨の命令を受けこれ等の職務に従事していたのであり、他方被告人も同日右反対斗争として右会場たる同校裏門附近に来合せていたのであるが、同日午後一時頃右鳥居が二名の受講者が二名の教育委員会事務局職員により誘導せられて同所に来りピケ隊員により入校を阻止せられおる状況を写真撮影せんとしたところ、被告人は鳥居が右市教育委員会事務局所属の職員であり公務を執行するものであることを知りながら故らにその前面に立つてその撮影を妨害すると共に同人が移動して他の地点からこれを写真撮影せんとするや更にこれに追尾してその前面に立ふさがつてその撮影を妨害し鳥居が止むなく半ば撮影を断念し、右受講者の誘導入校を企画してピケ隊員により誘導係員との接触を断たれて入校を阻止せられた受講者の同所現在地に走り寄り立止まろうとしたさい追尾した被告人は同人の腹部附近を肘で押すと共に更に左手を以て同人の顔面を突き以て同人右写真撮影並に誘導の公務の執行を妨害すると共にその際同人に治療約五日を要する右顔面打撲傷兼口内裂傷を蒙らしめた

ものである。

証拠の標目≪省略≫

確定裁判の存在

被告人は昭和三四年一二月一六日京都簡易裁判所において道路交通取締法違反罪により罰金四、〇〇〇円に処せられ、同三五年一月五日右裁判は確定したものであつて、右事実は検察事務官作成の被告人の前科調書によつてこれを認める。

法令の適用

判示第一の所為につき各刑法九五条一項(各懲役刑選択)

前示確定裁判があるから同法四五条後段五〇条を適用し重き(同法一〇条)亀井幸次郎に対する罪の刑に従う。

判示第二の所為中公務執行妨害の点は同法九五条一項傷害の点は同法二〇四条、罰金等臨時措置法三条一項一号、以上につき刑法五四条一項前段、一〇条(懲役刑選択)

各懲役刑の執行猶予につき同法二五条

訴訟費用の負担につき刑事訴訟法一八一条一項本文

写真撮影が違法であるとの主張について

(一)加納巡査部長の写真撮影について

加納清は、判示記載の如く京都府警察本部警備部警備第三課勤務巡査部長であり同課勤務西村警部補の判示松本彦也に対する逮捕状執行の任務につき、これを補助すると共に、逮捕状執行に伴う妨害事態の発生の予期される事情のあるところより右逮捕状執行手続の履践の状況並にこれに前後する妨害を受けかねまじき状況の証拠保全の意味にて写真撮影を行わんとしたのであつて、これは公務の範囲と認めるに別段差支なく寧ろ逮捕状執行に際し生じる混乱の原因が何れにあるかを明らかにする意味で、関係者双方何れに取つても許された行為と認めるべきである。而して個人の肖像権はこれを認めるに吝かでないがしかし個人の私的生活の範囲をこえ一般の批判の対象となる社会的活動の領域に属する行動を為すならば、右批判の基礎資料を供する意味での写真撮影はその個人の同意の有無を問わず、而して何人たるとその写真撮影を為し得るものと解すべきである。勿論右撮影を名として後日何らか別個の為にする目的にて故らに個人に近接しその顔のみを目標としてこれを写すか如きは(顔写真)違法であることは自明の理であるが、これを本件についてみるに、記録に現われた本件現場写真をみるに概ね逮捕状執行の西村警部補及被逮捕者松本彦也を中心とした混乱の状況を適当な距離をおいてした写真撮影であつて故らに右意味の顔写真と認むべきものが撮影せられた事実を認めることはできないから右加納巡査部長の写真撮影は適法なものであり違法とは認めることはできない。

(二)鳥居茂の写真撮影について

鳥居は上司たる総務課長宮谷仁七の命により前記講習会開催に伴う右教職員組合員のピケに対しその避止方の説得、受講者の校内への誘導の任務の外に、右講習会開催の顛末を上司に報告する資料(尚ピケ隊員の妨害行為が教育委員会による懲戒等行政処分を必要とするときはその資料)として受講者の入校状況、これに対するピケの状況の写真撮影を命ぜられていたのであり、これは教育委員会事務局としては通常考えられる措置にして格別違法と目すべきものではないのみならず、被告人においても鳥居を従前より市教育委員会事務局総務課企画労務係職員であることを承知しており、従つて同日同人がかかる任務のもとに来会していることは被告人においてはたやすく認識したと認められるところである。而して被告人の鳥居の右公務に対する組合側反対運動はこれを認むべきも、判示の如くその身辺に執拗に立ふさがつて右の写真撮影活動を妨害するが如きは決して適法と認めることはできないのみならず又そもそも本件写真撮影が許されるか否かの点について考えるに右講習会開催に反対する組合側行動は組合の方針に基く公然たる社会的活動であり、一個人の私事に属する行動とは異り、社会の耳目に触れ、又従つて社会の批判に服すべきものである以上、(一)記載の如く所謂顔写真と称し、殊更に別個の目的にて個人に近接しその顔を撮影するが如きものと異り、個人をその社会活動の面において捉え写真撮影の対象としてとらえることは独り新聞社等所謂報道機関に限らず広く社会の何人においても許容されたことであつて、相手方の同意を要しないことは勿論寧ろ相手方はかかる写真撮影に従うという社会的制約の下に自らその行動に出たものと解すべきである。しかして鳥居茂がかかる顔写真を目的とし殊更に近接写真を為したと認むべき資料のない本件においては肖像権侵害の理論は成立しないから鳥居の所為を違法とは認めることはできない。

(裁判官 柳田俊雄)

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